MYシナソングランプリ作品紹介

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ご応募いただきました作品の中から上位の作品を毎週お届けしております。
集計期間:2018年7月9日〜7月15日

アルクマダンス部門 今週の1位

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芹田GENKIチーム様

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ゆかりの写真部門 今週の1位

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写真部門 今週の1位

k_pic.54 様

清流
@乗鞍岳 三本滝




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エピソード部門 今週の1位

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長野冬季五輪と「信濃の国」の思い出話を送ります。

五輪当時、私は東京で銀行系のソフト会社で働いていました。
この会社では、社内LANで役員とも自由に意見交換ができる環境で、長野五輪開会式を見た感想を社長に送り、それについて社長談話として社内全体に公開されたのが以下の文です。長野県民と「信濃の国」の関係が良く言い得ていると思います。

タイトル : その80
作成者 : 社長
作成日 : 98/03/12 14:04
有効期限 : 03/12/31
カテゴリ : 社長談話

その80

 長野県出身のある社員からメールをもらった。開会式の日本選手団入場の時の音楽「信濃の国」を聞いて思わず涙がこぼれそうになった、という。他の人たちはこの歌の記憶があるか。長野県人以外でこの歌を知っている人は希だろう。ところが長野県人は一人残らず知っていて、一人残らず歌って感激するという不思議な歌である。いつごろできたものか私は知らないが、いわゆる民謡ではなく、よくある校歌みたいな感じの歌である。

 私は長野県人ではないが、この歌をよく知っている。私の友人には長野県人が比較的多い。彼等と酒を飲んでいると何かの拍子にこれを歌う。もう何回も聞かされて覚えてしまった。歌い方がまたすごい。どんなに酒が入っていても、すっくと直立不動の姿勢で、生真面目に真剣そのものである。自ら感動して目がうるんでいたりする。最初は私もびっくりしたが、これは長野「国歌」なのだと分かって納得した。
 アメリカ人の国歌の歌い方によく似ていると感じた時に私なりに理解した。彼等もよく歌う。真剣に、心をこめて、自ら感動しながら歌う。君が代などとはまったく違う。それは異民族・異文化のぶつかり合う社会の中で何とか一つの「国」としてまとまろうという手段であり、その気迫がこもっている。星条旗をそこら中に立てたがるのも同じである。われわれはイギリス人でもなく、ポーランド人でもなく、ベトナム人でもなく、日本人でもなく、アメリカ人なのだと事あるごとに確認をしている。それが国歌であり国旗なのだ。

 私は長野県のことをよく知っているわけではないが、長野市を中心とする北信濃と諏訪・松本市を中心とする南信濃とに分断されて、ほとんど交流がないと聞く。地形的な理由もあるが、昔の越後上杉と甲斐武田の勢力争いがいまだに尾を引いているらしい。これがこの長野「国歌」を歌う時には北信人も南信人も一つに融け合ってしまう。われわれは一つの長野なのだと、感動を持って確認し合う。音楽の凄さである。
 誰が作った仕掛けか知らないが、長野県人は見事にこの仕掛けにはまっている。北であれ南であれ郷里を愛して止まない人々なのだ。他にもこういう例があるかどうか私は知らない。

 この文を書かれた方は、某国立大経済学部を卒業し、某金融機関の常務を経て私の会社の社長に来られた方です。
ですから、文中にある友人の長野県人は、皆それなりの地位のある方だと思います。
その方々が酒の席とはいえ、「すっくと直立不動の姿勢で、生真面目に真剣そのものである。自ら感動して目がうるんでいたりする」姿で信濃の国を歌う場面を想像すると可笑しくなります。

空飛ぶじいちゃん様

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以前、会社勤めをしていて、自社系列のインドネシア工場に、短期出張で何回も滞在していました。

現地での日本人スタッフは、全員が長野県の出身者でした。工場長が、退職をすることになって、現地の日系の食堂で送別会を開催しました。現地のインドネシアのマネージャーも参加していましたが、宴会が終わる時に、「信濃の国」を歌おうと言うことになりました。日本の工場でも歌ったことがなかったのですが、参加者みんなが、何十年ぶりかの合唱でした。みんなが歌詞を忘れずよく歌っていました。
長野県人のつながりは、この県下で一層の努力を誓い、会社を繁栄していく心意気ができました。

Mizuta様

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信濃の国は一番までしか歌えません。

しかし、聞く度に自分の故郷が長野であることを強く実感します。地元に居る時も居ない時もこの曲を聞く度に自分には帰る故郷があると実感が出来ます。

青木洋佑様

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